かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

1000文字小説「満たされるもの」

残業のない日、一臣は大阪の小汚い駅前広場の噴水に腰掛け、タバコを吸いながら、いつものようにぼんやりと下らない光景や人波を眺めていた。
そして、心の中で憶うのだった。
「何て愚かな奴等だ」と。
これを何十回か繰り返すといい加減に飽きてきて、ようやくアパートに足が向かう気になるのだが、今日は違っていた。

…小1時間も過ぎた頃であろうか、改札を泣きながら飛び出してきた一人の少女が、一臣の横に力なく座ったのだった。
一臣は少女の透き通った肩に目をやるとこう言った。
「どうして泣いているんだい?」
少女は小刻みに震えながら、
「んっ・・・うぅ。また・・・おとうさんが・・・」
一臣はいつものように適当にあいづちを打ってしまった。
(だめだめ、それじゃあかんて…)
彼は女性が苦手でいつも女性との会話が弾まず、地団駄を踏む思いをよくする。
しかし、酒乱の父親から命からがら逃げ出してきた少女の境遇に同情…いや介入せずにはいられなかった。

一臣は、最大限の勇気を振り絞り、
「そうか。今日は・・・おじさんのところに泊まろっか」
 一瞬、自分を「おじさん」と呼んだことに気付き少し戸惑ったが、少女の表情がすぐにそれを追いやった。
鳴咽の中、無言で頷く少女。
一臣は、少女のか細い手を強く握り締め、コートすら羽織らずに飛び出してきた少女の肩を抱く。寒さからだろうか、怯えているのだろうか。少女の震えが伝わってくる。

一臣は家に着くなり、拾ってきたソファに少女を座らせ、
「これ、この前こうたんや。どや、ええやろ」
と声をかけた。しかし、少女はまだ泣いている。
「な、もう泣くなて。おじさんがついてるんやから、大丈夫やて」
「…本当に?」
「当たり前やないか」
「今、スパゲティ作ってやるさかいにな」
そう云うと、一臣は唯一の得意料理であるスパゲティで少女に笑顔を取り戻すべく、台所に立った。スパゲティーを袋から出すガサゴソいう音の後にパキンポキンとスパゲティーを折る音が軽く響く。
小さい鍋で茹でたためか、ややダマになってるスパゲティを、少女は文句も云わず口に運び「ん。おいしいっ」と、会心の笑みを見せた。

殺伐としたインド風インテリアの中、突如として咲いた可憐で、儚い一輪の花。一臣は三十三年の生涯の中で、これほど満ち足りた瞬間は初めてであった。

(と)