かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想シリーズ「紅葉と鯉と恋」

午後3時。今のボクの時間だ。
何かを始めるには、遅すぎる。暗闇を待つには、まだ時間がある。
少なくとも、30歳を迎えた頃のような、焦燥は少なくなった。しかし、この1年で知識の衰えは確実に進んでいる。
自己を同定するための存在に、楔を打つことが出来ずに今日も白紙を埋められない。

もう、戻ることの無いはずのこの場所に、また来てしまった。
居場所なんてどこにも無いのに。ボクの情熱はいまや、流したはずの涙より冷たくなってしまった。
凄く褪めた気持ちと、醒められない夢の終わりにあるものは、色づいてきた木々の葉が、水面を漂う、その光景を確かめにこの場所に来ることだけだ。

キミの願いは届かずに、欺瞞に覆われたこの情念を、ボクは池へと投影する。
侵食する物は、友達ではないのだ。傷つくのはもう懲り懲りだ。ボクの澱んだこの思いが、食べられていく。何にも知らずに、この鯉は。
うんざりした気持ちに駆られながら、枯れかけの芝生に寝転がった。
ゆっくりと、確実に朽ちていく肉体と思考。このまま、時間が止まればいいのに。

ふと、暗闇の中から声が聞こえてきた。
「あの・・・写真撮っても、いいですか?」
目を開けると、少女二人がボクを覗き込んでいる。
「え・・・ボクの・・・かい?」
「違いますっ。鯉の観察に来たんです。総合学習の・・・」
そこから先は、上の空だ。もうボクは、池の管理人くらいにしか見られないという事実に、笑いさえこみ上げる。

「あー、どーぞ、どーぞ。好きに撮って良いよ」
笑いをかみ殺しながら、傍らに置いてあったハッピーターンを池へと放る。
ぎこちなくカメラを構えるその姿に、ボクは確信を感じた。
このコなら、時間を止める魔力があるに違いない。やってみようか・・・
「ねえ、キミたちの夢はなんだい?」
「えーとね、この大学に通うこと」
(やめたほうがいい…)そんな気持ちは押し殺して、棒切れを拾うと、池のほとりに魔法陣を描く。

「いいかい。ボクが今から呪文を唱えると、キミたちの夢が叶うんだよ。さあ、手を繋いで」
少女たちは顔を見合わせて、でも、目は輝いている。そして、頷いた。
(ゴメン、キミたちの夢は叶えられそうも無いけど)
少女と手に手をとると、魔法陣を囲み、円になった。
「Methyl α-phenyl-2-piperidineacetate hydrochloride...」
テキトーに思いついた呪文を呟き、その瞬間。

フリーズ。

(と)