かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想トレイン 半島編2

特急電車は、ここから鈍行へと変わる。
草臥れた電車は、毒々しい紫色に塗装されて、寂れた車窓に移ろう景色があの時捨て去ったはずのこの街を、否応なく思い出させる。
工場の吐き出す煙に霞んだ、灰色の空。いつ建てられたかも分からない倉庫は、壁が所々剥がれている。

半島の向こう側にあると信じていた、夢の世界。
ボクの憧憬は、ベルトコンベアのように反復される毎日によって、粉々に打ち砕かれた。
ボクが拒絶した、ボクを拒絶した、灰色の都。
ゆっくりと、終点のホームが、霧の向こうに浮かんでくる。
乗り換える列車もない、駅名を告げるだけの侘しいアナウンスが、がらんとした車内に空しく響く。

建替えられたばかりの真新しい駅舎は、就職したての頃のボクのように不釣合いだ。
改札へと続く階段を上がるのは、ボクのほかに一人の少女だけ。
ジーパンにひらひらした、スカートのようなものを重ね着している。果たして、アレはお洒落なのだろうか。
もう若くはないボクは、独りで生きてきたことの淋しさに気付く。

少女は、改札前の椅子に座ると、身体を半分捻り、外を眺めている。
「これ、よかったら読んでよ」
ボクはそう云って、返事も聞かずに少女の傍らに、さっき買った少女漫画を置くと、早足で出口へと駆ける。

(なんて、ついてないんだ・・・)
霧雨が雨へと変わり、もう戻ることがないと思っていた場所へと、坂道を登っていく。
水気を吸った、よれよれの背広がじっとりと肌に纏わりつく。
学生時代、バイトしていたコンビニの店長が、ボクにこんなことを云った。
「おまえくらいの歳の頃だけだよ、好きに死ねるのは。俺くらいの歳になると、死ぬことすらままならん」
あの時の言葉の意味が、今ごろになってようやくココロに突き刺さる。

ふと、眼前の視界が開けてくる。360度、球体に見えるあの場所が、ボクの旅路の終着点になろうとは。
頬に伝う涙を汚れた袖口で拭うと、一つ深呼吸をして目を閉じる。
(チチよ、ハハよ。あなたのいい子でいられなかったボクを、許してください)
体の力が抜けていく、その瞬間。

「まって!!!」
強く、腕を掴む少女。ジーパンに、スカートを重ね着した、あの少女。
「ダメ。ダメだよう。私は、味方だからね。守ってあげる」
涙に瞳を腫らした少女の姿が、とてもいとおしい。

vanity...捨て去った後に残るものは、「本当の自分」

(と)