かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想トレイン「譫妄本線」

夏だというのに、やけに肌寒い。そう。ここは、北の最果て網走。
ここほど、猛烈に暑い時と、ありえないくらい寒い日の落差が激しい場所も珍しい。
つい先日だと思っていたが、もう、10年近く前なのだ。前回ここに来たのは。
あの頃と違い、携帯電話に席巻されて、ニポポ像の公衆電話もうら寂しく。
そして・・・あの頃。高校1年の時、まだ、公然とエロ本の買えなかった年齢の時。
この物体に遭遇し、その中身が気になって仕方が無かった。
「悪書追放ボックス」通称、白ポスト

ボクは思い出す。
あれは、高校2年の時、2学期が始まってすぐの頃だろう。
夏服で、学校の帰り道。うらぶれた本屋に立ち寄った時の事を。
そこでボクは、「小説アリス」という、人間として欠陥のある嗜好を対象にした雑誌を手にとると、カムフラージュに、「アクションバンド」という、これまた公然と読者である事を吹聴する事が憚られる、そんな雑誌を2冊。レジに出す。

おばさん店員。ボクの風貌を舐めるように見つつ、
「あんた、高校生だよね。こっちはお売りできませんよ」
と、「小説アリス」を没収する。
ヒトとして。ああ、ヒトとして。
成人向き雑誌を、購入段階でNOを突きつけられる屈辱感よ。
それから、ボクの性格は屈折してしまったのだ。健全育成なんて糞喰らえだ、夏。

銀色に、赤いラインの入ったワンマン列車。
あの時と同じように、ボクは北浜で降りる。
すっかり汚れちまつたボクは、倦怠のうちに死を夢む。
なすところもなく日が暮れると、デイバックからぬるい缶ビールを取り出し、オホーツクの冷たい波音を聞きながら、独り、飲み干す。
海を見たいと思った。もう若くは無い、希望も見失った、長く迷える旅の終点を、ボクはここにした。

もう、いいじゃないか。
浜辺に寝そべり、冷たい風に身を任せ、ボクは静かに目を閉じる。
夢を見た。遠くで、独り、砂遊びをする少女。
ボクは目を細めながら、そこへと駆けていく。
すると少女は、水辺へと逃げていくのだ。追いかける。逃げていく。また、追いかける。
もう、岸へと戻れないくらいに、追いかけているのに。疲れてしまった。
灯台の光が、少女を照らし出す。柔らかい笑みを浮かべた少女は、ボクの手をとると、そのまま、暗い海へと沈んでいった。

鴎が鳴く夜に。

(と)