かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想シリーズ「夏祭りは青りんごサワーの味」

日曜日。いつもより遅く起きた朝に、「遅く起きた朝は」が軽い頭痛と共に訪れる。
ちっとも夏らしくない、そんな毎日が続く中で、夏祭りによって夏である事を確認する。
昨日は花火大会だった。家から徒歩30秒の海辺には、どこからとも無く沸いてきた見物客に占領されていて、ボクの居場所は無い。
久し振りに、まつり会場に行ってみよう。人ごみの嫌いなボクの、ちょっとした冒険。

灰色がかった空の下、提灯の立ち並ぶ通りを気力なく歩く。
ビニールの空気入りリングをぶら下げた幼児と擦れ違う、久し振りに感じられる光景。
建ち並ぶ露店、むっとする人いきれに早くもうんざりしつつ、メインステージ前のビールケースで出来た椅子に腰掛ける。
下品に大音量で流される、よさこいのリズムに吐き気を覚えつつ、目を閉じて頭を抱えた。

(ああ、来るんじゃなかった。やはり幻想は、幻想でしかないのか)
その時。後から、左肩を叩かれる。
「…お兄ちゃん」
ふわっと鼻腔を擽る青りんごの芳香に振り向くと、浴衣姿の少女が立っていた。
「あぁ。なっちゃんかぁ。久し振りだねえ」
母親の友人の娘さんである彼女とは、彼女の母親と一緒に家に来た時に、時々顔を合わせていた。
あまりの可愛さに、ボクはいつも正視できずにいそいそと自室に戻る愚挙を重ねていた。

「あのね。青りんごサワー飲んだの。ねえ、顔、赤いかなぁ?」
「…ってさ、君。まだ未成年でしょ。ダメだよ」
「ばーかねぇ。堅いコト、云わないのっ」
そう云って、なっちゃんはボクの背中を叩いた。すこし、くすぐったい。
夏なんだ。夏を、夏である思い出を。壊れてしまったっていい。いつか訪れるんだ。大人になるその時が。

「ねえ・・・静かな場所に行きたいな」
赤らんだ顔で、彼女はそっと囁く。
彼女に手を引かれるままに、露店の影の木立の下へと誘われる。
必死に保とうとする理性とは裏腹に、口腔に満ちる青りんごの味。
その甘美な時間を、そっと二人で共有出来た、夏の日。

(と)