かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想シリーズ「野苺の恥辱」

「ああ、わかった…」
重い気分で、受話器を置く。
母親からの、最後通牒。11年にも及んだ大学生活の幕切れは、あまりにも唐突に。

それなりに、夢や希望に満ち溢れていたはずだった。それは、親の期待に応えることであり、学問的探究心を満たすことであり。
しかし、自分が求めているものは、そのどちらでもなかった。
もはや、その期待に応えられる情熱が・・・演技など通用しない段階にまでなってしまっているのだから。
三十路を向かえ、突きつけられた現実はあまりに重い。
固く閉ざされてきた現実への扉を開く鍵は、薄っぺらい紙切れ一枚。
明日、出しに行こう。署名を書き終わると、ボクの頬に涙が伝った。

連休明けの初夏を思わせる強い陽射しに、ボクは目眩を感じつつ朦朧とした足取りで大学へと向かう。
退学届を普段より薄い鞄に忍ばせ、あの時封印したはずのリクルートスーツを厭々身に纏い。
いつものキャンパスの光景。もう来る事もないこの景色をしっかりと、目に焼き付けていく。

緊張のせいか、無性に喉が渇く。水飲み場は無いものかと、ウロウロ探す。
すると。
左手の日があたって眩い草むらに、野苺が点々と実をつけているのが目に入った。
そして、その苺を摘んでいる少女が傍らにいる。
碧眼の金髪少女は、淡いベージュのエプロン姿で。ボクに向かって、柔らかな笑みを湛えながら。
ボクは、ごく自然に惹きこまれていった。甘い蜜に群がる蜜蜂のように。

「野苺を摘んでどうするの?」 
「ジャムにするの」 
「ジャムか…いいなぁ。でも生で食べても美味しいよ」
「酸っぱくない?」 
「甘酸っぱいのがいいんだ。小さくって赤くって熟れてなくって」

そう、それはまるでキミのような。味わってしまったら壊れてしまう、禁断の果実。
でも、今のボクには理性の箍が利きそうになかった。そうさ。これは、全部夢のはずだ。夢が夢で、夢でなくなってしまった現実と決別する証がほしいのさ。

ボクは野苺をひとつ噛むと、少女の淡いベージュのエプロンに赤い染みをつけた。
「あ、染みになっちゃう…」 
少女は慌ててきょろきょろとしながらポケットを探った。
ボクは、その手を強引に掴むと、少女の掌の中から野苺を毟り取った。
「だ…だめぇぇぇ!!」
少女の哀願に耳を貸さず、ボクは野苺を口へと放り込む。
口の中に、甘酸っぱい・・・禁断の果実を味わってしまった。

(と)