かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想シリーズ「10年経って」

「そうか。もう、10年も経ってしまったのか・・・」
桜も散ってしまった、石垣の美術館の見える坂道の途中で立ち止まる。
ボクは、時の流れの速さに悄然とするばかりだ。
あの頃のボクに、10年後の今の姿を想像できただろうか。
卒業のときに抱いていた夢とは、ちょっと違うけど。
10年という時の流れが、あの頃の夢を色褪せさせてしまったのだろうか。
ボク自身は、精一杯やってきたつもりだ。今の仕事にだって誇りを持っている。
でも・・・

坂道を行き交う学生。友人と談笑している女の子。
ボクは、そんな光景を飽くことなくぼんやりと眺めていた。
と、視界が突然灰色に変わる。
空間が捻じ曲がる感覚に眩暈がして、地面に突っ伏す。
再び、目を開けると。

「え・・・うそやろ?」
桜舞う坂道を下ってくるのは、あの頃、淡い恋心を抱いていた美保ちゃんではないか。
最近のオーバーワークから、幻覚でも見てしまったのだろうか。しかし。
「あ、一臣くんじゃない!」
手を振りながら駆けてくるのは、紛れもなくあの頃の光景そのままである。

そう、あの時は。
美保ちゃんも、ボクの気持ちに気づいているらしかった。
ボクの最後の一押しを待ちわびているのはわかっていたけど。
いつも、逃げてばかりいた。自分の気持ちに素直になれなくて。
「今は女にうつつを抜かしている場合じゃない。来月からは社会人なんだ」
とかとか、自分に言い聞かせるほどに切なくなって。

美保ちゃんは、伏し目がちに呟く。
「…私・・・就職先、東京だから」
にわかに心臓の鼓動が高まる。そう、あの時もこの感覚に襲われた。
あの時ボクは、
「そうか。環境変わるけど、体に気ぃつけてな」
そう云ってしまったのだ。その瞬間、美保ちゃんの表情が曇ったのは、今でも忘れられない。
出来る事なら、あの時の告白をやり直したい・・・ずっと、そう思っていた。

もう、喉はカラカラだ。これが、夢だっていい。あの時の未練が吹っ切れるなら。
ボクは、美保ちゃんの瞳を見据えると、
「俺には、美保ちゃんしかおらへん。行かないでくれ」
一瞬、不意を衝かれたような表情をした美保ちゃんは、次の瞬間、その大きな瞳が潤み、無言で頷いた。

…目が覚める。何故か、ベットの上にいる。
台所の方から、聞き覚えのある声がする。
「あなた、朝御飯よ。早く起きて!」

(と)