かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想シリーズ 営業の醍醐味

チマチマした内勤仕事ばかりやっていると、ふと、あの時の少女のコトが気に掛かる時があってさ。
そう、あれは俺がとりさんくらいの歳の頃かな・・・

その日も、ボクはいつもの様に営業車で外回りをしていた。
時間は、10時を回ろうかといったところだ。
「午前中、あと2件か…」
信号待ちで停まり、溜息混じりにそう呟く。
今にも降り出しそうな、どんよりとした灰色の空がボクをますます憂鬱にさせる。
大した契約が取れるでもない、ご機嫌伺いの営業にどれほどの意味があるのだろうか。
「何かあったら、よろしく頼みます」などと、引きつった笑顔を浮かべながら、アホくさいセリフを性懲りもなく繰り返すだけの毎日。
もう、うんざりだ。何もかも。

「あかんな。このままやと」
ささくれ立った気分をクールダウンさせるために、ケーソンヤードへと車を走らせる。
ここから見える無機質な風景が、ボクのお気に入りだ。荒涼としたボクの心象風景にシンクロするのかもしれない。

車を降り、背丈よりはるかに高い位置にある防波堤を見上げる。
防波堤に腰掛けて、消波ブロックに弾ける波しぶきをぼんやり眺めていると、鬱屈とした気分も一緒に砕けていく気がするのだ。
でも、今日は先客がいる。制服を着た少女が、「ボクの指定席」に座っている。
ボクは、改めて時計を見る。まだ、2時間目が終わるくらいの時間だ。

「こんな時間に、どないしたん?」
少女は一瞬ビックリしたような表情をし、その後気まずそうな顔をしながら
「サボっちゃった・・・」
「そうか、俺もや」
「ふふ。一緒だね」
少しはにかんだ表情が、とても愛らしい。その後特に会話も交わさずに、二人で海を眺めていた。

30分程経っただろうか、とうとう、空が泣き始めた。
次第に強くなる雨。しかし、少女はその場を離れようとしない。
「風邪引いちゃうぞ。何なら、俺が送っていくから」
少女は消え入れそうな声で呟く。
「帰りたく・・・ないの」
「何があったか知らんけどな。とにかく、このままじゃあかんて」
ボクは少女の手首を握ると、やや強引に少女を起き上がらせる。

少女はボクの手を振り解くと、瞳を見据えて云った。
「ねえ、お兄さん。今まで生きてて、いいコトあった?」
「そないなコト、唐突に訊かれてもな・・・」
「答えられないんだ・・・そっか」

次の瞬間、少女の姿はそこにはなかった。

(と)