かみ合わない日常(永遠に暫定)

やってくるこの毎日が、人生だと知っていたら!

妄想花屋

「やれやれ。今日も疲れたな」
西日も消えかけた雑踏の中、ボクは地下鉄駅に向かい歩いていた。
この単調な反復の繰り返しである日常に飲み込まれそうになり、産廃ダンプをひっくり返したような風景に同化する嫌悪感から逃れたくなる衝動に時折襲われる。

「ああ。明日もまた、この繰り返しなのか」
地下鉄駅の入り口が見えてきた交差点の隅で、ボクは深く溜息をついた。
周りを見渡しても皆一様に肩を落とし、単調な薬局の呼び込みのノイズが、今日はやたらに耳につく。
「たまには、別の道を通ってみるか」
横断歩道を渡ると、ボクは地下鉄の入り口を通り越し、当てもなく歩き始めた。
不思議と、肩の力が抜けていく感覚が心地よい。学生時代、校門を通り過ぎて学校をサボるべく歩いている、あの感覚が蘇る。

無機質なアスファルトを見つめながら歩いていたが、突然、爽やかな香りが馥郁と漂い、思わず顔を上げた。
花屋の前であった。ホースを片手に持ち、まるで花に語りかけるように水を掛けている少女が、網膜に飛び込んでくる。
三つ編みに、アーモンドのような瞳・・・そうだ。昨日の食堂の女の子ではないか。
「あ・・・」
二人同時にそう発し、可笑しさに顔を見合わせてしまう。
その瞬間、彼女のその瞳を見つめてしまった。ボクは、クラクラと眩暈にも似た感覚と、鼓動の高鳴りに一瞬茫然自失に陥ってしまった。
「あの・・・お兄さん?」
じっとり汗ばんだ手に柔らかな感覚に、ボクは生気を取り戻す。

「君・・・ここでもバイトしてるんや」
「うん。まずいトコ・・・みられちゃったかな」
「なんやしらん、大変みたいやな。よし、これこうたるわ」
ボクは、贈答用の花束を適当に手に取る。7500円・・・給料が出たばかりとはいえ、痛い出費だ。
「いいんですか?こんな高いの」
「ああ」
今さら、引っ込みもつかなかった。ボクにとってはこの笑顔の方が、花束以上に買いたい存在だ。

「えーと、メッセージはどういたしますか?」
「そうだな・・・笑顔が素敵な君へ・・・なーんてね」
「いいですね。この花束を貰う彼女は・・・」
少女の表情が、少し曇る。
送りたい相手は、君なのに・・・いつもの癖で、俯いてしまう。
「ああ・・・そうやな」

殺風景なアパートが華やいだのは、きっとこの花束のせいだけではない。
目を閉じると、爽やかな香りの奥に。そう、君の笑顔が見える気がして。

(と)